ガールフレンド-4-

 しばらく克と会えない日が続いた。と言っても3週間ほどだったろう。克は地方への出張が立て続いていたらしく私に会う余裕などなかったし、私は私で研究テーマについて連日実験を繰り返しその結果を持って質問をするために担当教授の研究室へ足繁く通っていたのだ。アルバイトは何日か残業を頼まれていたりしたし、会う時間を作る余裕がないのは似たようなものだった。言うまでも無く、こんなことが初めてだったわけでもないし、私たちは今まで通りにそれぞれ自分の役割を果たしていた。

 克の律儀な性格はよく知っていた。だから別れたいと言ったときも彼らしいと思った。駅から近い喫茶店の一番奥のテーブルで私たちは律儀に別れ話をしたのだ。どちらかというと私はこういったことには無精な性格なもんだから、連絡をとらなくなって会わなくなって数ヶ月経ったときに、別れたのかな、と思い至ったということが数例ある。そのため克のこの行動はまじまじと感心してしまった。
 その日の克の様子は目に見えて意気消沈していた。バツの悪そうな顔をしてるのをポーカーフェイスで隠そうとしているのもよくわかった。この日の話の主旨が分かったとき、お別れをする前に泣くんじゃないかと思ったが、彼は泣かなかった。一緒に見た私は一切感銘を受けなかった恋愛映画のDVDを見たときにはらはらと涙を惜しみなく流し、熱心に感情移入をしていた彼はついに泣かなかったのだ。理由は聞かなかった。別れたいとの旨を搾り出したあとに、その・・・と詳細を話そうとした彼を私が、話さないで、と押し留めたのだ。聞いても自分にとっていいことはないと思ったのでそれなりの好奇心を握りこぶしで押し潰した。私の発言の後はありがちな質量の重い沈黙が覆い被さった。
「・・・わかったよ。いいよ」
「・・・うん」
「そっちに置いてるハルのもの取りに行くの、これからでもいい?」
「うん、車出す。春樹んとこの俺のもの持って帰ろう」
「うん。そんくらいかな。ハルは。克はもういい?」
「うん・・・。じゃあ、出ようか」
 克は当然のように会計を済ませた。店を出てから自分の分を出した。克は断ったが、私がそうしたいのだと言いくるめて受け取らせた。
 マンションまで歩く。自分がロボットみたいにぎこちない気がして怖くなった。ガラス張りの店の側面に写る自分を見てそれほどでもなかったからほっとした。
荷物を持って克の車に乗り込む。もうここに来ることはないだろうと白地のそんなに新しくないマンションを見送る。バイバイ。
自分のアパートに着く。克は素早く少量の荷物をまとめる。
玄関で立ち止まる。
挨拶をするつもりなのだ。わかりやすい。
今まで楽しかった、ありがとう、と私の目を見ながら言う彼。ハルも楽しかったよ、という私。
バタンとドアの閉まる音。暫く足音。階段を下りる足音はデクレシェンド。誰の足音か分かる。
部屋に居る人間を数える。いち・・・ひとりだ。数えるまでもない。だってここに住んでるのは私だけだから。小学生と算数の足し算の勝負をしたら今は間違いなく負けそうだと思った。じゃあ、今ドアを開けて閉めたのは誰。克だよ。克は誰。恋人だったひと。もう恋人じゃないひと。私が好きな人。もう恋人じゃないけど好きだけどもう好きでも彼は応えてくれないひと。すごい、全然知らなかったように思えてしまう。さっきのことなのに。記憶障害じゃない。知っていたこともちゃんと思い出せる。
うん。
・・・・・克・・・・・・・、好きだよ・・・・・・・・・・・。
口に出したつもりだったけど出してなかった。
「ああ、さみしいな」
 鼻風邪を引いてるときのようなぼそぼそした自分の声で、私はさみしいのかと自覚した。部屋にいるのが自分だけか心配になって、もう一度部屋を見渡したけど、ちゃんと自分ひとりだった。確認して安心すると思ったらひどく不安になった。なかなかよくわかんないことだ。












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2008.10.09 | | Comments(0) | Trackback(0) | 随想漫筆

ガールフレンド-3-

 覚束無い意識が意識を詮索してる。次第に神経の伝達が脳に届いてくる。瞼と睫毛の重さに逆らってたら、克が隣で寝てた。
「・・・シャンプーはぁ?」
「買ってないって」もごもごとはっきり発音せずに口にしたのだけど、克にはちゃんと伝わったようだ。
「どうして?」
 私の問い掛けに克はぷっと吹き出しかけたような顔と困ったような顔を混ざり合わせたような顔をしてみせた。
「・・・あ・・・・あぁ・・・・・・。・・・・ごめん・・・・・・」私は商店街のくじ引きで参加賞の白い玉が出てきたときのように力無く謝った。
「思い出した?」
「思い出した・・」
 克の住んでいるマンションに着いたとき、落雷したかのような痛みのためにその場でうずくまってしまったところまで憶えてる。きっとそのまま倒れたのだろう。珍しいことじゃない。私の月のものが引き起こす痛みが激しいことは克もよく知っていて、もう最初のときみたいに慌てふためいて私が目を覚ますまで私の体を左右に揺さぶったりはしてない。
「気うしなっちゃった?」
「今まで寝てたでしょ?」
「もうやだ・・」そのまま掛け布団の中に自ら埋もれた。
「おなかどう?」克も一緒に布団にもぐって私の体を引き寄せた。
「うんー・・・違和感あるけど、まし」おでこのあたりに克の息遣いが当たるのがわかる。思ったとおり、頬に自分のより大きい手のひらが乗っている。間近に口があるのを見るのは緊張するからそのまま目を瞑っていた。唇の形は変えずに、彼の口が触れている。ほんの少しブルーベリーの実に穴があいたときに鳴るような音がちらついた。言う迄も無く、そんな音を聞いたことはない。あの実に開いている穴は何時の間に現れるのだろう?それが不思議で、ブルーベリーを育てようとしたことがあった。あの苗はもう枯れているだろう。
「服着たままじゃん」
「上着は脱いだよ」
「・・・うんー・・・」
「どうしたい?」言いながら私の頭頂部のにおいをくんくん嗅いでいる。
「服脱いで寝よ」
「いいよ」
 いいよ、っていうのは口だけで、そのまま発声手段を奪われる。心の中で不当だ、と訴えを起こしているのだが、その訴えは棄却されてしまう。他ならぬ私によって。

 大体1時間後、ふたりでシャワーを浴びてドラッグストアに車で向かった。夕暮れにしては暗いなぁと思いつつも、夏には夕暮れにしては明るいなぁなんて言ってる。どちらが基準なのだろう。
 お目当てのシャンプーとコンディショナーの詰め替え用を購入して、そのままデパートの食料品売り場に向かった。
「ねー、ニンジン安いよ、ニンジン」特売価格という特別さがあまり感じられない日常茶飯事の価格を指差しながら、私は話しかけた。
「何にするわけ、ニンジン」克はカゴを抱えて、体を預けている私のことも半分抱えている。
「何だろう・・・何だっけ、ニンジン料理って」
 克は結局ニンジンは買わずに、ピーマンと筍と牛肉を買って帰った。青椒肉絲(チンジャオロース)のつもりらしい。その他には黒い炭酸飲料や缶ビールにつまみなど、明らかに三食の食事に当てられるものとは思えない食料品ばかりだった。
 買い物袋は彼に預けてそのまま駐車場に向かう。車に乗り込んで一息つく。
「帰ろうか」
 その言葉にうなずく代わりにシートベルトを難なく締めて、私は今度は座席の背もたれに体を預けた。












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2008.07.30 | | Comments(0) | Trackback(0) | 随想漫筆

ガールフレンド-2-

 「それで、どこにいくことにしよう」
 話題の転換を図る彼。私も同感だった。だって、あのままのパターンでいくと、勝手に克が怒り出すんだもの。
 克は感情的で情熱的だ。私は彼のそんなところが時折しみじみと羨ましい。しかしながら、そうなりたいとは思わない。単なる憧れに過ぎないのだと思う。憧れというものは、自分とは遠く隔たれた存在に対しての感情。遠くで見てきれいだと思うから憧れる。克はきれい。でも私と克は今喫茶店のテーブル板ひとつの隔たりしかない。これくらいなら近い。
「あ・・・・ハル、シャンプー買いたい。帰りに」
「え?それ俺におぼえとけっての?」
「うーん、こういうのいつも忘れちゃうから、口に出してみた」シャンプー、シャンプー、と心の中でも唱えておいた。
 忘れてしまうということは、然して必要性に駆られていないということか。それほどシャンプーに飢えていない生活。うん、間違いない。まだ少し残っているし。
「帰りにドラッグストア寄って・・・それなら車で俺の買い物にも付き合ってもらっていい?食料買いたかったし」
「うん、いいよ」そう言ってから、下腹部の当たりに鉛が膨張したような圧迫感を覚えた。
「・・・今日2日目だから、あまりブラブラはできないかも」
「本当?買い物早めに済ませて俺の部屋行こうか。絶対だめってわけじゃないし・・・それとも春樹の部屋行く?」
「克のとこがいい」
「わかった」そう言いながら私の頭を撫でてから会計の紙を持って先に席を立った。

 喫茶店の会計は克が出してくれた。お金は大体克が持ってくれる。学生は社会人に遠慮しなくていいと言うが、私は少し高めのレストランなどに行くと自分の食べたものは払うようにしている。奢られるということにあまり免疫がないのだ。
 そう、あの合コンの日も、私が帰ろうとして誘ってくれた友達にお会計のことを訊いたら払わなくていいと言われて拍子抜けした。そんな私に克がまた話しかけた。
「聞いてない?今日は俺らが持つことになってるんだ」
「え・・・でも・・・・・・」初めて会ったひとたちに御馳走してもらうなんて、と煮え切らない逡巡を起こしていたが、克がいいからいいからといつのまにか一緒に店を出ていた。
「渡利さんとこっちの久世は知り合いだから、変なことになったりはしないよ。安心して」
「そうですか、ありがとう、御馳走様でした」
 軽く会釈をしてその場を去ろうとしたら、右手を軸に体が引き戻された。多少不快に思いその起点のほうに向き直ると、神妙な面持ちをして克が口を一文字にして私の方を見ていた。
「あ・・・ごめん・・・あの・・・また会えないかな・・・」
「え?どうして?」眉を軽くしかめて即答で答えてしまった。
「こ、心石さんにまた会いたいんだ。ふふたりで」無礼にも、しどろもどろという形容はこういう場合に使うのだろうと心の中で感心してしまった。
「いつですか?」
「え?!・・・いや、いつでも」
「えっと・・・来週なら水曜の夕方からは空いてます」
「えーーっと・・・仕事がちょっといつ終わるかわからないんだ・・・連絡させてもらっていい?」
「はい。携帯教えますね。赤外線使えますか」
「ごめん、ないから教えてくれるかな、かけるよ」
 こんな具合で私たちの交際は始まった。今でも私には、何をどう思って克があのとき私を引き止めたのか、上手に理解することができない。













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2008.06.19 | | Comments(0) | Trackback(0) | 随想漫筆

ガールフレンド

 季節が遡っていく頭の中で、海が干上がっていくように、その光景がビジョンになって君の中に注がれればいいのに。そうすることができたなら、あの肌を刺すような寒さも身を焦がすような鼓動も青葉の瑞々しさも枯れていく道端の草花も、あやふやなままに食い込んでいくナイフの切れ味がそんなに良くなかったことだって私は許せた。

 いつもどおりの行き先。駅の近くのファーストフードのような手軽さの喫茶店。とくに目的がないままに会う約束をして、お互いの部屋がだめであるときはそこに行くことになっている。パン屋も併設されているのでそこで腹ごしらえを軽く済ませながら、その後の予定を決めたりする。
「そうやって克(かつ)はハルを好きになったんでしょ。知ってるよ。どうしても分からないけど」
 隅の席でレモンティーを口に含んだ。薄い紅茶にレモンの味がきつすぎる。レモンとお湯みたいだ。
「春樹(はるき)・・・俺のこといじめたいの?」
「ちがうの?」
「こんなとこでいわなくてもいいじゃん」
「それならいいよ、もういわない」
 克は重苦しい沈黙に耐えかねている様子だった。少しやさぐれ気味だったりするときにロダンの考える人のようなポーズをしながら小指の間接で眉間をぐりぐりする彼の癖を知ってる。私は先程のやり取りに関してはなんとも思ってない。なんだって克はいつも大仰に捉えすぎるし感情的になりすぎる。それで特別いいことがあるわけじゃないのにそうしたりするのはとても疑問だ。克が言うには、人間なんだから分かっててもそうなってしまうことがある、らしい。私がそれに対して、そういう状態は分かってないというのではないか、と反論したのだが、そこで克が不貞腐れてしまった。

 克と行動をともにするようになったのはいつからだろう。当人は憶えてないことも、紙の上には鮮明に記憶されていたりする。克は高校生の時分からまめに日記を書くひとだったようだ。パソコンなんかはあまり得意なほうじゃなくて、ブログなんていうのが最近ははやっているのにもかかわらずアナログで日々を地道に綴る人だ。私はその中を見たことはないけれど、きっと彼らしく丁寧にその日その日が書き連ねられているのだろう。克は読書家だし、感情的だ。
 克は営業の仕事をしている。社会人5年生。大学を卒業してから、難なく地元の企業に就職を決めてこつこつ働いている。少し引っ込み思案な性格だから、営業をしてると聞いたときはちょっとした驚きだった。なぜ営業を志望したのかとたずねたら、そこしか受からなかったと言うことだった。
 私は京都出身の大学3年生。上京して東京の大学の理学部に通っている。学科は物理学科で当たり障りない大学生活を送っている。

 もうほとんど記憶からは消えているけれど、克と初めて会ったのは2年前の飲み会、俗に言う合コンでだった。私はまったくそういうことには興味がなかったのだけど、飲み会に行かないかと友達が誘ってくれたので特に予定もなく断る理由がなかったので連れて行ってもらった。そしたらば、社会人との合コンがセッティングされていたのだ。最初に挨拶をしたきりひとりで飲み続け食べ続けていた私に声をかけたのが克だった。本人が言うには、そのときに残りの人生の勇気を使い切ってしまったらしい。
「心石(こころいし)さん、あまりしゃべらないね」
「・・・・・・・・・・はあ」
「俺もこういうとこ苦手なんだ」
 それを皮切りに、克は天気の話やら私の地元はどこかという話やらどうして今の大学にしたのかということやら同じような当たり障りない話題を繰り返し話した。私は聞かれたことにだけは答えていたが、始終、はあ、とか、ええまあ、とか愛想のない相槌ばかりしていた。だけれども、克のほうはとても楽しそうなというよりうれしそうな表情をしているのが見て取れた。何がそんなに楽しいのだろうと思っていたが、訊くまでには及ばなかった。





















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2008.06.16 | | Comments(2) | Trackback(0) | 随想漫筆

キズつきたい?キズつきたくない?






僕がつけた傷痕がほしいならおいで

僕がつけた傷痕受け止められるならおいで

すこし不敵な笑みで君を出迎えて

ふかふかなソファに腰を据えて

スプリングが楽しいベッドでキモチイイことしよう

お互いくすくす嗤い合って

ふんわり匂う君の髪の毛のにおいに釣られて僕はくちづける

ソファみたいにふかふかな君に乗っかって

高揚させられる気分を放り投げておくれ

ソファはつめたいけれど君はあたたかい

ときどき猫も加わってみんなで楽しい時間を過ごそう


僕がつけた傷痕がほしいならおいで

僕がつけた傷痕受け止められるならおいで



そうじゃないなら

それができないなら・・・

















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2008.05.24 | | Comments(0) | Trackback(0) | 随想漫筆

公衆電話より

 ちっとも当たらない天気予報より情けなくなった僕から君へ。接触する手段は公衆電話。握り締めたアジサイの写真が些細な美しさを演出するテレフォンカードは薄っぺらくて、今にも手から擦り落ちてしまいそうになることを心配して存在の主張をしたがってるかもしれない。
 曇り空はご機嫌斜めだろうか。歩いて辿り着いた近所のタバコ屋の所の公衆電話。街中にある、透明の小さなボックスみたいな部屋はついてない、あまり利便性を問われない屋根が備え付けてあるだけの見慣れた黄緑色の外装が目に付くやつだ。
 何年ぶりかな。まだ番号を変えてないだろうか。自分の携帯電話からでは通知される番号を拒否されてたらと考えて公衆電話を選んだ。姑息だと軽蔑するだろうか?君はやはり僕を許さないだろうか。君を許さなかった僕を。
 差し込んだカードを咥え込んで驚くほど俊敏に飲み込んだ公衆電話に若干おののきながら、頭の中にうかんだ11桁の数字をダイヤルした。押したときのボタンのプッシュ音の音程を確認しながら、最後から2桁目までは順調に進み、最後の1桁でほんの少し躊躇して、この意気地なしが、と啖呵を切って尻込みしていた右手の人差し指をダイヤルボタンへ追いやった。コール音1回に対して僕の心臓の音は2回という周期で数回追いかけっこをした。
止まるコール音。
「もしもし?」
沈黙を伝える受話器。
声、だ。君の。
行き詰って電話を切ろうと受話器のフックに凭れ掛かろうとする右手。
それを制する右腕上腕筋。
「・・・もしもし?」
震える唇。
熱くなる目元。
鳩尾辺りに込み上げる何か。
ああ・・・。
「・・御久し振りです。僕です。小笠原です」やっとのことで搾り出した声は恥ずかしくも震えて。
「・・・小笠原・・秀治、さん・・?」気のせいかな。君の声も震えていたように聞こえた。「ああ・・・ああ、久しぶりです・・・」
「突然すみません。これっきりですから。どうしても連絡をとりたくて。未練たらしくて、みっともないとは思ったんですが・・・でもよかった。僕はとても晴れ晴れした気持ちです」
「え・・?」
「本当にすみませんでした。電話に出てくださってありがとうございます。失礼します」
「ま、待って」
「今度お食事でもどうですか。もう昔のことは気にしてませんから・・」
「いえ、嬉しいお誘いですが、お断りさせてください。もうカードが切れてしまうので、失礼しますね」
 最後に、お元気で、と付け加えて、彼女も同様にお元気でと言ったのを聞いてから受話器を戻した。泣くなんてかっこわるいな、と思った。
 公衆電話の口から出てきたテレフォンカードはまだ度数が残っていたけれど、タバコの自販機の近くにあったゴミ箱に捨てた。そのほうがいいと思ったから。
 電話が終わってから見上げた曇り空は相変わらずだったけど、少しだけ機嫌を直したみたいに見えた。民家の玄関の隅から覗いている本物のアジサイは、僕のことには気付かずに綺麗に咲いている。












テーマ:ショートショート - ジャンル:小説・文学

2008.05.19 | | Comments(2) | Trackback(0) | 随想漫筆

ウキヨバナレ少女

 暗い辺り、点滅してる外套。僕は歩いていた。一人でじゃなく、隣には一人の女の子。ふくよかでふわふわしてるからだに、つるんとすべりそうなつややかで愛嬌のあるボブヘア。歩幅が少しずつずれていくのに気を配りながら、ささやかに喧騒のある駅前通りを当ても無く歩いた。風は昼間のアスファルトの焼けた匂いを運んでいたし、その風がときおり彼女のスカートの裾にまとわりついたりしていた。きっと遊びたいのだろう。彼女はにこにこして楽しそうだもの。
「どうか、した?」
 僕の顔を見上げるようにして覗き込んで嬉しそうに彼女から問いかけられたときに、自分の口元が緩んで目が細まっていることに気付いた。いけないいけない。
「どうかしてそう?」
「んーん、楽しそうだなと、思って」
「楽しいよ」
「あたしも」
 一通りの会話を済ませてからはまたふたりとも黙って歩くことに没頭する。ふたりして沈黙を作ったりしてるのは、何も喧嘩をしているとかではない。お互いにこの空間が好きで、声に邪魔されたくないだけなのだ。というのは表向きの理由で、彼女はどうなのかしらないけれど、僕は何を喋ればいいかわからなかった。ただこれだけで満足だった。ひとりじゃなくて、彼女がそこににこにこして、ときどき物凄いスピードで横を通る車に目を奪われたりしていてくれる。それを見て、事故しないのかな、って面白げに僕に訊くんだ。遅くまで人目を引こうと必死な深夜営業の風俗街の通りを避けて通って、近くの大学の近くの道まで歩いた。
 ふと見ている景色に違和感を覚えた。ここはコンビニだったろうか。ああ、そうか、ここにあった一軒家がなくなっているんだ。そう思いながら、真新しいコンビニの横を通り過ぎた。ここらはあまり通ったりしないから気付かなかった。いつ取り壊されていたんだろう。そんなコンビニの隣を通った僕は僕のままだ。どこまで行っても。彼女と歩いていても彼女がいなくなったって。僕が生きてる限り、僕は取り壊されたり、新しく建造されたりなんかしない。
 風の匂い。
 そんなことどうだっていいじゃないか。
 レストランで頼んだコーヒーに付いてるコーヒーシュガーくらいどうでもいい。
 途端にぼやけて白んで虚ろになった視界の中から、一瞬だけ焦って彼女を探した。よかった、近くにいた。携帯電話で時刻を確認していた。
「今、何時でしょう」
「えっと・・・11時半くらい」
「おしい。11時45分くらい」
「結構歩いたね」
「そうだねえ。少し疲れたかもだ」
「マクドナルド行こうか。あそこ24時間営業でしょ」
 僕の提案で、ファーストフード店に休憩がてら入ることにした。深夜のマクドナルドの店内は、昼間の喧しいイメージとは正反対のしんみりとした空気の漂った場所になっていた。















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2008.05.16 | | Comments(0) | Trackback(0) | 随想漫筆

乱暴

嫌気が差したんだろう
優柔不断な俺に
きっとそうに違いない
裁縫のとき
なかなか穴に糸を通させない針に苛々するように
嫌気が差したんだ

でも俺のことを嫌いになれなくて
ぐっと下唇を噛んで
隣で俯きながら
感情を押し殺してる

普段はかないスカートがときどき
ひらひらと足元の影を揺らしてる

「もういい。だめだ・・」

俺は何がだめなのかを考えてみた
俺たちの関係かな

「なにが」わからなかったふりをしてみた
早合点であったらいけないと思って

「自分で考えてよ」語尾に余計な負荷がかかったような押し出したような声だった

どうしてこうなったんだっけ


そうだ
彼女が俺に訊いたんだ
髪を少し切ったんだけどどうかって
さりげなく聞こうとしてるそぶりだった
でも相手の反応を窺ってる姿勢がたっぷりの

俺はいいんじゃないって言った
彼女はほんとって言ってたけどよかったって言いながら安心したみたいに笑った

彼女の部屋で過ごしていた
生活感があたりに漂流してる散らかった部屋
彼女は片づけをするのは苦手
友達が来たときも親が来たときもこのままだという
唯一何にも侵されないままのベッドの上は
寝るときに狭苦しいといやだからということで
整った仕様が保たれている

そのベッドを背もたれにして
彼女は膝を折って足の裏を床につけて
俺は胡坐を書いて
ふたりで話していた
たしかそうだ















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2008.05.09 | | Comments(0) | Trackback(0) | 随想漫筆

実際、

 いつものように煙管を吹かしながら縷々(るる)さんは、私の気の所為かもしれないのですが、お客人に使うような艶(あで)の入った声でどこともなく視線を移ろわせながら話して下さいました。
「アタクシの性格の醜悪さと云ったら天下一品でございまして、平気で他人やら友人やら恋人やら家族やらを貶める疵付ける悲しめる言動立ち振る舞いが出来てしまう極悪人の所業と云っても過言のないような仕様で御座います。ですからね、小梅さん、頼みです。頼みですから、アタクシの癇癪玉には触れないでおくんなまし。小梅さんのことを失いたくはないのです」
 これだけを云うのに、どのくらいの時間がかかったことでしょう。縷々さんは懇切丁寧に、私が聞き漏らすことのないように口にして下さいました。私ったら、時折彼女の分厚い上下の唇から覗く真っ赤な舌が見えるたびに少しばかり鼓動が大きくなったりもしていたのですが、それも縷々さんがお美しいからに違いありません。
「・・縷々さん。わたくしにどうしろと仰るのですか。召使いのわたくしに」
 私は縷々さんに思い切って訊いてみました。だって、分からなかったのです。あんなにゆっくり話し聞かせてくれたお言葉たちが、私の耳には入るものの頭までは行き着かなかったのです。口の中には入ったものの咀嚼することができなかったのです。
「むつかしく曖昧に云ってしまったのがいけなかったのね。小梅さんは今まで通りで構わないのよ」
 縷々さんの言いようはまるで私の心の中を見透かすかのような透き通った抑揚で御座いました。それはそれは、小鳥が早朝に近所の庭の木の上で囀りを響かせるかのような。そんな御声で御座いました。















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2008.05.05 | | Comments(0) | Trackback(0) | 随想漫筆

リアルな心情

困ったなあ・・・。

もしかしたら、と思って訊いてみたらあっさり肯定するし・・・。


・・・あ、煙草切らしてたのか、ついてねぇ。





いやに甘えた感じしてたし、普段と違う一面とか色々話してくれるから、楽しかったし、嬉しかった。彼女を知られるのも、なにより話をするのが面白かった。







なんで、僕なんかに気があるんだろ。








「僕に気があるんじゃないかなーとかって、ごめん、違うな、・・・」

「あるけど」

「・・・」

「何か」

「え?」

「あるけど、何か?」










ちくしょー。

訊いたのは僕だけどさ、なんでそんなあっけらかんと言うんだ?

切り出すの緊張したのに、すごく。








彼女は嫌味な女の子だ。


何時も僕の上手(うわて)を行く。
反論出来なくて、悔しい思いをする。
数年長生きしてる身としては、立場がない。









「何時も寂しいのよ」








そう言って、そう言うだけ。
核心には触れないんだ。
笑って、軽やかに、舞っている。





僕の目の前で。


微笑みをたたえている。

違う。

見え透いて。

違うよ。








分かる、彼女は僕なんか見てない。
彼女はただ不安定なんだ。
ただ、寄り所が欲しいだけなんだ。
”寂しい”んだ。
僕じゃなくてもいいんだ。

そうなんだ。








だから?










・・・















優しくあることが、何になるだろう。

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2007.05.21 | | Comments(2) | Trackback(0) | 随想漫筆

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